いろんな感情を味わうために私達はいる

直伝靈氣師範のながよしです。

先日、偶然同じ様な話を二人のお客様からお聞きしました。

お一人の方は、今オンラインで教わっておられる先生のブログがキラキラしすぎて見るのが嫌になってきたというお話し。

最初はそのキラキラが素敵でこんな風に生きられたらなと憧れておられたそうですが、授業を受けていくうちにポジティブな発言は許されても、ネガティブな発言をするとすぐに指摘されてしまうので、生徒さん達の発言はみなキラキラしたものばかり。それに違和感を持たれるようになったのだとか。

また、もう一人の方の話では、最近知り合った方がポジティブすぎて「正しい話」ばかりを聞いているうちにお腹いっぱいになったというお話し。

最初は自信に満ち溢れ自分にないものを持っておられたので新鮮で夢中になってお話しを聞いておられたのだそうですが、次会った時もノンストップでポジティブ自慢。彼女が気を抜いてネガティブな発言をポロっというようものなら、すぐに指摘され、彼女の愚痴話しのターンは即終了!常にポジティブな姿勢でいないといけない空気感がとても嫌だと言っておられました。

満腹ですね(;^_^A

この世の中は何事もバランスが大事ですね。

どんな時もポジティブでいられたらどんなに人生ハッピーだろうってそんな人に憧れを抱く事もあるけど、果たして実際はどうなんでしょう。

実際に接してみると、ネガティブな面しか見せてこない人もポジティブな面しか見せてこない人も、人を疲れさせて、不安定な気分にさせてしまいます。

本来のあるべき姿とはかけ離れているからです。

疲れる事なく安心していられる人は、ネガティブな面もポジティブな面もバランスよく見せてくれる人。

本来のあるべき姿がそこにあるからです。

ネガティブな感情もポジティブな感情もすべてが自分に与えられた「感じる」という素晴らしい能力

私達は皆、この世でいろんな感情を味わうために生まれてきたと言っても過言ではありません。

ネガティブもポジティブも自然に湧いてくる感情すべてを味わいつくさないとなんのためにこの世のやってきたかわかりませんね

ちゃんと様々な感情を味わうためには一か所に留まっていてはダメなんです。

遊具のシーソーと同じで一か所に偏りすぎてしまったら、そこの感情しか味わう事ができません。

どんな感情にも反応できるようになるためにはシーソーの中間地点を目指すってことが大事なんです。

怒ったり。それでも許してみたり。喜んだり。それでもがっかりしたり。とね。

ゆらゆらゆらゆら、ゆるやかに偏りすぎないように真ん中に気持ちを持っていくように心がける。大変だけどポジティブのみでいるようずーっと自然。

「本来のあるべき姿像」をなんとなく感じておられたお二人は、自分に芽生えた「違和感」を信じる事で、その偽りの世界に取り込まれずに済んだようですね。本当に良かった良かった!(^^)!

私も改めて自分にある様々な感情を大切にしつつ、偏りすぎないよう中間地点を目指していきたいなって思います。(#^.^#)

ということで本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

“いろんな感情を味わうために私達はいる” への2件の返信

  1. ピンバック: freeze dried candy
  2. ピンバック: rare breed-trigger

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