介護問題・「自分」の優先順位は?
直伝靈氣師範のながよしです。
昨日は、5年ぶりのお客様がご来店下さり、アロマ&れいきを受けていかれました(*^_^*)
ずーっと大変だったことの一つが一段落し、ほっとしている矢先に会社で嫌な事があり、普段だったら我慢できたことも我慢できないくらい今までの疲れが蓄積されていた事に気付かれ、限界を感じて翌日会社を欠勤
こんな時はどこでケアしたらいいだろうと考えたときに「あ、ここがあった!」と思いつかれたのがラベンダーだったということです(#^.^#)
とても光栄です!本当にありがたいですね~💛
アロマもれいきも堪能して下さりとても満足して頂けたみたいで良かったです(#^.^#)
自分を労わるって大事なことだと分かっていても
どうすることが自分を労わることになるのか、どうしてることが自分に負担をかけていることなのかって、実際自分では分かり辛いものですよね。
彼女のお話しに自分を重ねてみていました。
離れて暮らしておられるご両親も年々弱りだんだん認知も入ってくるように
兄妹はいても世話のできる距離のいるのは自分だけ
やってあげなきゃいけないことは今後増えることはあっても減る事は決してなく
仕事を休んだり早引きして病院に連れて行ったり、実家の様子を見に行けば、片付けやなんかで気になることだらけ
「自分がしなければ」という責任感は罪悪感も生む
だから、
自分の隙間時間を自分の事だけに使うことなんて到底できない
だから、
優先順位は一番下
でも果たしてそれで本当にいいのだろうかと・・・・
自分の心のどこかでは「それは間違っている」と言ってる
彼女のお気持ちが凄くよく分かりました。
そうだよ、その声が聞こえているなら、それに従って!
ですよね。
私はもう両親が亡くなったので、その苦悩からは解放された身ですが、そんな身になって言えることは、
どんなに完璧に両親を支えていたとしても、罪悪感はきっと残るのです。
もっとこうしてあげれば良かった、ああしてあげれば良かったってね。
そして、たとえ時間を巻き戻すことができたとして、やり直しの介護をさせてもらえる機会を与えてもらったとしても、一度目の自分を越えれるほど立派な介護もきっとできないと思うのです。
後悔のないお別れなんて存在しません。
何をしても同じです。
だったらせめて最期は「優しい自分」でお別れしたいよね。
自分を捧げすぎてしまったらそれができなくなるんです。
もしかすると最期の最期まで
「意地悪な自分」「犠牲になった可哀そうな自分」でお別れすることになるかもしれません。
親に対して心から「優しい自分」でいられるには、ちゃんと自分の境界線を守ることが大事ですよね。
第三者機関も大いに利用させてもらったり、どうしても駆けつけなきゃいけない時だっていっぱいあるんだから、なんでもない隙間時間はもっともっと自分だけのつまらないことに使えばいいんです。
自分を労わる時間を設ければ設けるほど、親には優しい気持ちで接することもできますからね。
とは言っても大変なことには変わりはないのかもしれませんが(^^;)
それでも、彼女がラベンダー部屋に入ってきた時の表情と、帰り際の表情は全く違っていて、とても清々しいお顔になっていらっしゃいました。
この一時の隙間時間
自分のことだけに使った僅かな時間
それが今後活きてくるんです!(^^)!
自分だけじゃなかなか気付けないものですね。こうして人に自分の話をすることで、自分がどれだけ頑張っていたのかってことにも気付くことができました!沢山聞いてもらって本当に良かったです!
そう喜んで下さいました♪
龍神カードも引いていかれましたが、ちゃんと腑に落としていただくこともできましたので、彼女にとってもターニングポイントの今、上手く活かして頂けたらと願ってます(*^_^*)
ということで本日も最後までお付き合い下さりありがとうございました。